鎌倉に住んで10年がたった

2022/05/29 21:40

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住宅ローン減税の紙が、昨年末についに無くなった。つまり鎌倉に移ってきて10年が経ったということだ。

そんな年にNHK大河ドラマが鎌倉殿の13人をやっているのも何かの縁(言ってみたかっただけ)。

ずっと身近にあったけれど、住んでみてどうなのかという話

両親は自分が生まれてあまり時を経ず東京23区の隅っこの方から藤沢市に移住をした。今でもそこが実家なわけだけれど、数分移動すると鎌倉市との市境にたどり着くので鎌倉は身近にあった。

そもそも、今のように神奈川県全体が学区になる前は、高校の学区が湘南・鎌倉学区という藤沢市と鎌倉市の学区で、自分自身も鎌倉市の高校に通ってたりしてなんとなく同地域の気持ちでいたのだ。

鎌倉の話の前に、藤沢の話

藤沢のとある場所に両親が移住して半世紀近く経とうとしている。 子供の頃は、裏に本の数十mの高さだと思うが山があり、水の流れているところでは皆でアメリカザリガニを釣った。山の中に行けばどこまでも沈む沼があったり、生えているアケビやザクロをとっては食べてみるなど、身近に自然があった。両親の移住先選定理由も自然が多い場所というのがあったと聞いている。

しかしいつからか、鎌倉市側から藤沢市に入る時に違和感を感じるようになっていた。藤沢市に入る地点から急に道路の両側にコンクリートが現れるようになったのだ。今や実家の裏には山(どころか緑)はなく、住宅と道路と幹線道路沿いによくある店舗が並んでいる。藤沢は東京・渋谷・新宿までJR東海道線・湘南新宿ラインで1時間弱と便の良い場所にあり、国道1号線へも近く、江ノ島といった観光地や駅前の商業施設など湘南地域の中核都市として地位を確立している。観光地であり、住宅地であり、商業地であるという藤沢も、ユニークで素敵な街なのでおすすめではある。

ちなみに江ノ電も最初は藤沢駅から片瀬江ノ島で開通したものらしい。江ノ島は藤沢市なので、江ノ電は藤沢だけを走っていたことになる(というのには語弊があって、実際は今の藤沢市も鎌倉市も江ノ電開通の1900年ごろは鎌倉郡の一部だったはず)。

鎌倉は良い意味で時間をとめた街

つい先日も、実家に帰りつつ藤沢の街で買い物をしてバスで鎌倉に戻ってきた(渋滞がなければ江ノ電で移動するよりもバスが早いのだ)。バスを降りた瞬間にほんの少しひんやりした空気を感じた。横須賀線で東京方面から帰ってくると、北鎌倉でドアがあいた瞬間に空気が変わり鎌倉に帰ってきたとホッとする、というのが鎌倉の住民のよく言うこと。大船でなくて北鎌倉というのがミソで、これは藤沢から鎌倉への移動でも感じられる。

昭和高度成長期・国民所得倍増計画・東京オリンピック、など日本の上り坂の時代、藤沢の隣の鎌倉にも開発の波は当然やってきていたはず。にもかかわらず、鎌倉に山や緑が残っていて空気がひんやりするのは、鎌倉の先人が頑張ってくれたおかげだ。

1964年、日本最初のナショナルトラスト団体として鎌倉風致保存会ができている( ※鎌倉風致保存会について )。

その数年後には古都保存法ができ、実質的に山を削ったりできないようになった。ついでに高さ制限や華美な色への制限などもあり、鎌倉市役所は旧市街(という呼び名はないが3方の山の内側)にある現在地には同容量での立て直しができず、村岡新駅予定地のそばに新庁舎を立てて街づくりをしようとしている(予定地は暴れ川の近隣で言いたいことはたくさんあるが趣旨と外れるので触れない)。

鎌倉は住む場所もあまり増えない

山が削れないため、鎌倉は住宅地を増やせない状態にある。住宅地は増えないが、大きな区画の家の代がかわるたびに、数軒から数十軒、あるいはマンション(これも低層になるが)となるタイミングで世帯数は増えることとなるので、この範囲で緩やかに住宅が増える。

住宅が増えるタイミングで道が広がる

昔からある道は車を想定しておらず狭く、現在の法律では道幅を広げるためにセットバックが行われる。

仕方ないことなのだけれど、失われるのが残念なので細い道を撮り歩いている。

生活してどうか

観光客との付き合い方

鎌倉は首都圏から近く、近年多い年で年間の観光客数が2300万人を超えるなど、多くの観光客がいる(京都市の場合で5300万人。京都市の面積は鎌倉市の20倍だが)。

江ノ電やバス

観光シーズンの土日は、江ノ電が満員で途中駅から乗れない時間帯もあり、荷物を持って長距離歩けない年齢の人たちが鎌倉を離れるといった話を聞いた。その程度混雑する。ちなみに、観光オフシーズンは個人的感覚では、1月末から2月、GW以外の5月、12月のクリスマスから30日、とあまりない(コロナ禍の観光客数は1000万人を割り、どこもスカスカであった)。

宿泊客はそこまで多くなく、夜は静か。国道134号線を除くと、通過する車も少なく、幹線道路の真ん中に数分いても車が来ないなどという時間帯も多い。

ただし、東京オリンピックを期待してかコロナ禍になって以降でもホテルがおそらく4軒、そのほかの小さな宿泊施設が相当数増えた。これから平時となり、「世界経済フォーラム」で 観光地としての魅力 日本が初の世界1位 となったのも相まってインバウンドも増えてくるとどう変わってくるのか。

買い物

ヤマト運輸のトラックとすれ違うと挨拶される程度には荷物が届く生活となった(最近はAmazon配送が多いが)。

最近、駅前の東急にnojima(家電量販店)やニトリが入って買えるものが少し増えた。

日常必要になるものはある程度買える。頻度の低いものは同じ鎌倉市の大船や山の外の郊外型店舗、藤沢や横浜、場合によっては東京へ出れば良い(横須賀線で東京駅方面、湘南新宿ラインで渋谷・新宿・池袋へ1本で出られる)。

スーパー

駅前に東急ストア、少し離れてニノ鳥居そばに少し高級な元町ユニオン、下馬には朝早めからやっているやまかストアがある。

生鮮食品(野菜・果物・魚介)は若宮大路沿いの鎌万も人気がある。

ドラッグストアは、元町ユニオン側にハックドラッグ。材木座にクリエイトがある。

商店

御成通りには野菜・果物の浜勇がある。海街diaryの映画ロケ地でしたが、立て直してコンクリになりました。良い品がお値打ちなのはコンクリになっても変わらない。

材木座の土手のあたりには早くから遅くまであいている八百屋がある。材木座にはコンビニがない!ので大事。逆に長谷の文学館そばのファミリーマートは野菜が充実(八百屋っぽいコーナーがある)。

地物の魚介は漁師さんから直接買えるものもある。しらすやあかもくは、材木座のもんざ丸、坂ノ下の三郎丸など。坂ノ下には鎌倉海老(鎌倉で採れる伊勢海老)ほか色々な魚介を売っている網本さんも。

地物の野菜は、鎌倉市農協連即売所(通称:れんばい)で買える。日本で最初にできたマルシェ(人通りの多い場所に集まって出店した集合体)らしい。鎌倉野菜は、イタリアンなどのヨーロッパ系料理屋のシェフからの要望で作ったヨーロッパ野菜が特徴。多品種少量生産。

肉は、駅前の東急向かいに萩原精肉店がある。最近見た目が格好良くなった。間口は狭い。細かい指定もすぐ対応してくれる。他にも、肉の石川本店、肉の大成など。大町には北村牛肉店も。山の外側となるが手広の河野牛豚肉店は駐車場が無限に拡大している(つまり人気店)。

その他

裁縫用の布などはスワニーというお店がある。他の街からも買い物に来るらしい。

文具・本。鎌倉駅から若宮大路に出ると島森書店があり、学校で必要な文房具や、ある程度の本屋雑誌はここで揃う。東急に文教堂書店がある。西口にはたらば書房、たらば書房は小さいが書店らしい書店。

楽しみ

年間2300万人が観光に訪れるのは魅力があるからなのだろうし、土地自体の魅力は確かなのだろう。そこかしこに800年前の記憶が残るし、そこに惹きつけられた文士たちの記憶も残る。そして、藤沢の鵠沼と並び日本のサーフィン発祥の地としてのサーフィンなどマリンスポーツが盛んという文化もある。

また、以下のような複数の条件が重なって食のレベルが高くなっているのではないか

とはいえ、子供の頃は鎌倉に食べ物が美味しいイメージはなかった。ここ20年くらいで鎌倉の食に大きな変化があったのだと思う。

10年住んでみて

とにかく気持ちが良いなと。大型商業施設がないことや、観光客が多いタイミングは混雑がひどいなど、少し不便なこともある。けれど、それは良い面をもたらしてくれているので仕方がないこととしている。

まぁ、機会があったら試しに住んでみると良いと思う。というのが10年住んでの今の気持ちだ。

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