※ 商品のリンクをクリックして何かを購入すると私に少額の報酬が入ることがあります【広告表示】 今朝は朝早くから、子どもの大学の卒業式に向けた支度で一日が始まった。袴を着るための髪のセットに出かけるので、まだ早い時間に家を出ていく。その途中で不要になったものを引き取りに行ったり、送り出したりして、ひと仕事終えたあと、妻と朝ごはんを食べ、スーパーで買い物をして帰ってきた。
そこでようやく、ほっと一息ついた。
そのタイミングで改めて思ったのは、2歳の頃から始まった子どもの音楽との付き合いを、音大卒業まで20年支えてきたんだな、ということだった。高校生くらいからは学費もそれなりにかかるようになり、そのために自分も働き方をかなり変えてきた。内容的にも会社としても悪くない状態だった職場を離れ、収入の上がる転職もした。そうやって何とか20年やってきて、今日ようやく一つ区切りがついたのだと思うと、なかなか感慨深い。
本当に運が良かったと思う。誰の運なのかは分からないけれど、とにかく運に恵まれてきた。
自分は、もともとIT一筋で生きてきたわけではない。結婚前は、今でいうSPAのような、企画製造販売や輸入販売を手がける会社にいたこともある。店頭に立って販売したこともある。そこから、20世紀の終わりぎりぎりで何とかIT業界に潜り込んだ。当時は今のようにエンジニアがもてはやされる時代ではなく、むしろ少し怪しい業界くらいの見られ方もあった。だからこそ、逆に入り込めた面もあったのだと思う。
その後も、自分から積極的に何もかも切り拓いてきたというより、来た機会を逃さず掴んできた感覚のほうが強い。登壇の話が来たらやる。声がかかったら引き受ける。そんなことを重ねているうちに、技術書を書かせてもらったり、コミュニティを立ち上げたりという流れにもつながっていった。
転職も多かった。今の会社で10社目になる。もっとも、単純に自分の意思で職場を変え続けたというより、チームごと移ったり、プロジェクトがなくなったり、会社そのものがなくなったりも含めての10社だ。その時々の状況に合わせながら、必要な判断をして、何とかやってこられたのだと思う。
そして今、子どもが卒業という節目を迎えたこのタイミングで、世の中はAIの大きな波の中にある。ホワイトカラーの仕事がこの先どうなるのか、正直よく分からない。面白がってばかりもいられないが、やはり歴史の転換点にいるような感覚はある。
インターネットが広がっていった時代も、もちろん大きな変化だった。Yahoo!のディレクトリ検索から、Altavistaのような全文検索に移り、やがてGoogleが登場して世界が一変した。あの頃も十分に革命的だった。でも、今起きている生成AIを含むAIの変化は、それ以上かもしれない。IT革命というより、産業革命に近いインパクトがあるのではないかと感じている。仕事の進め方が変わるだけではなく、そもそも「何が仕事として成立するのか」から変わっていく気配がある。
これまで積み上げてきたものが、そのまま通用するとは限らない。むしろ、これまでの延長線上だけでは立ち行かなくなるのかもしれない。ただ、自分には業界が変わることや、仕事が変わることに対するアレルギーはあまりない。ITの外にいた時期もあるし、販売の現場にも立ったことがある。だから、必要ならまた変わればいい、という感覚はどこかにある。
とはいえ、50代に入って、ここから先をどう生きていくのかは簡単な問いではない。自分は就職氷河期世代であり、団塊ジュニアの世代でもある。1学年200万人いた時代だ。今の出生数が70万人を下回ることを思えば、ずいぶん違う世界に生きてきたのだと思う。35年前の朝のラッシュの混雑ぶりを思い出すと、本当に別の国のようだ。
それでも今、子どもの卒業という一区切りを迎え、鎌倉での生活を送りながら、いろいろな巡り合わせに感謝している。もし違う人生だったら、いまだに藤沢に住んでいたかもしれない。そう考えると、ここまでの道のりは決して一直線ではなかったけれど、悪くなかった。
四半世紀以上、ITの世界で生きてきた。
では、この先の四半世紀を自分はどう生きるのか。
それはまだ、まったく分からない。けれど、今日のこの一区切りの朝に、その問いをちゃんと自分の前に置いてみようと思う。
マイクに向かってつらつらと今の思いを口にしたものをAqua Voiceを使って文字起こししてもらい、GPT-5.4で文章にしてもらった。カバー画像もGPT Imageによるもの。